順調な人生とは何を指しているのか



「キタノさん、順調な人生って、どういうことを指しているのですか?私にはわかりません。」
こう問われて、私は答えられませんでした。

この前、私は不登校&ひきこもりの勉強会に参加して来ました。
その中での演習として、ひきこもり男性のエピソードを検討するグループワークがありました。
男性は高校を中退して、ひきこもっている20代ということです。

そのことより、私は
「この男性は順調な人生を歩むことができておらず...」
と申していたところ、冒頭の発言を受けました。

発言主は行政において、不登校とひきこもりの相談員を務めるベテランさんなのだそう。
その人は私が黙しいると
「まぁ...学校を卒業してステータスある職に就けることを指しているのでしょうか...」
と続けたので、私がついに回答する機会はありませんでした。
ただ、ベテランさんの質問は、私の心の中に残りました。
順調な人生という暗黙の了解を壊されたからです。

よくよく考えてみますと、順調な人生とは、頭の良い学校に入り、ステータスあって高給な職業に就くことかと思います。
それはそれで、メリットがあると思います。
モテモテにもなれると思います。

しかし、それを達成するために、私は以下のことをしたいと願うでしょうか?
まずは、頭の良い学校に入るために
  • 物理の勉強を目一杯する
  • 古典語の勉強に多くの時間を費やす
  • 数学の問題を解きまくる
どれも、やりたくありません。

ステータスがあって、高給な仕事はテクノロジーの分野だと思います。
そうなると、私は以下のことをしたいのでしょうか?
  • 最先端の技術を追い続ける
  • 費用対効果など数値を追い続ける
  • 周囲と常に交渉をする
どれも、私の興味ではありません。

私ほどに好き嫌いが激しくない人であっても
「この部分は好きだが、あっちの部分は嫌いなんだ。」
と、まだらの心象風景が出てくるでしょう。
つまるところ、順調な人生とはマジョリティーの世界におけるランキングで上位に着けることを指しているのではないでしょうか。
当人の価値観は問わずに。

ちなみに、私が興味と関心を持つのは
フランツ ファノン(仏領マルティニーク出身の思想家)
エリック ホッファー(アメリカの社会哲学者)
オルハン パムク(トルコの作家)
であり、どの人にしても日本ではテストに出てこない、知る人が少ない人物です。

ところが!
これらの人物を研究するという、どう考えても日本ではテストにもビジネスにも役に立たないことを達成できた時に、私は満足感を感じられて、自分に自信を持てることが予想できるのです。

さあ困った。
社会におけるステータスの確立と、自分の満足の確立とで、尺度が重ならないのです。
しかし、よくよく考えますと、こういう人は少数ではありません。

スポーツ選手を夢見ていて、義務教育を終えると、肉体労働をしながらチャンピオンを目指して練習。
あるいは、芸人を志しており、勉学に興味が持てず高校中退。
こういったエピソードは少なくありません。
そして、彼ら彼女らが追う夢は、どう考えてもマジョリティーからズレた価値軸上に存在するものです。
なおかつ、そういった夢を追いかけたが叶わなかった経験を悪いことだと後年に申すのでしょうか?

ここで、私がさして考えずに言っていた「順調な人生」とやらを自分自身に当てはめます。
そうすると、興味がない分野の勉強を猛烈に行い、関心の無い分野でセールスを行うことになってしまいます。

結局のところ、私は自分の価値軸ではなく、一般論における価値軸において順調とは何であるかの評価をしていたのです。

自らの人生に焦りを感じたり不安を持っているときに、自分とは合わない尺度で価値を測った結果であることはないでしょうか?
私の体験は、それを考えさせる出来事になりました。