占い師の役に立たない努力



占いとは、星座と言った天体、生年月日と言った時間、タロットや水晶玉と言った象徴などを用いて運命を読むそう。

ほほう、なんと素晴らしい!
私なら履き古した靴下で占ってもらおうか?
それとも、食べかけのお菓子で占ってもらおうか?

この皮肉で、私が占いを軽蔑していことを容易に理解できるかと思います。
それは、私が占いを信じていない以前に、占いの手法を嘆いているからです。


私自身は占いを受けたことが無いのですが、他者が受けているシーンは何度か目にしています。
また、占いを受けた人の体験談を聞いたことならばあります。
そこにおいては、占い師は相手から2つか3つの情報を得るや、当たり障りのない診断結果なるエンタメショーを展開します。

早い話、占い師はクライエントの人生を深く見つめていないのです。
タロットカードの図柄をよく見れども、クライエントの人生をよく見ているのでしょうか?

こんなことをされるくらいなら、行きつけの飲食店のオーナーや、面倒見の良い上司の意見の方が、よっぽど信憑性を持てます。
彼らは、相手のことをよく見ているからです。


星座などの天文学から来る威光を利用して、それっぽくショーを展開しているのであり、言っていること自体に私は何ら値打ちを感じられません。
占いの威光とは、こういうものなのでは。

クライエントをよく見ているわけでもなく、他の威光を借りている。
そのような診断に、私は何のありがたみも感じられません。
ですので占い師さん、水晶玉を見たり、当たり障りのないことを言う努力をするより、クライエントの話を熱心に聞くことに心血を注いではいかがでしょうか?
研鑽する方向が誤っていませんか?

そして占い師さん、こんな簡単なミスも読めないのですか?